決めたことは振り返らない。





今も昔もその難しさに悶絶します(笑)





今回の異動を決めたことも



誰かに言われるとグラグラする

自分がいます。





さっきメールで友達に言われたの。



こうだったら良かったのにね。



ああしたら良いんじゃない?





ああこれ、どこかで聞き覚えがある。





母親だ。






私が決めたことを




こうしたら?ああしたら?と




口を出してくる。





もちろん心配による愛情からなのだが




それがとても揺さぶられて




自分の決断が間違ってる気がして




とてもイヤだった。




友達も良かれと思って




私を心配して言ってくれてるのは





分かる。




そんでね




私は私の決断をヒトのせいに




した方が楽だったんだなと気付いた。




ヒトのアトバイス通りにすれば




自分の決断のせいではなかったと


言い訳ができる。





でももうそれはイヤだ。






例え自分の決断が間違ってても



ヒトのアトバイスが良かったとしても





自分の決めたことを信じたい。





そもそもきっと





長い目で見たら間違いとか

正しいとかないと思うのだ。





全てはただの経験にすぎない。





決めたことを振り返らない。




それを何度も試されてきたから





今回は貫きたいぞ。




ほんとにね




自分がよし!って決めても




そのあとに




本当にこれで良いの?




ファイナルアンサー?ってね




何度も何度もお試しされるのよ(笑)




中々の修行じゃよ。






でもそんなのを払拭するのは


実は



カンタン・シンプル。





私がそれで良いと自分に

許可をしてあげること。





それに勝るものはないよね。



自分が納得すること。




私の人生は私のモノだから。





そして私は安易にヒトに




アドバイスはしないことにしようと

思う。




それってさ


せっかくの相手の決断に

水を指す行為なんだよね。




親切でもなんでもない。



これこそ余計なお世話なのだわ。





その人を本当に信頼してるのなら



黙って決めたことを見守ることが
愛だと思うから。




その友達には悪いけど




返信はできないわ。




なんて返したら良いか分かんないし





私には必要ないもの。




その点、




パートナーとメジロ君は




私の決めたことを


何も言わずに静かに
見守ってくれている。




友達が悪いとかではなく




私にはそちらがありがたいのだ。





後悔してもしなくても




自分で決めたことならば




それでヨシと出来るように。





でもこんな風にぐらつくのは




まだ私自身も


納得してないからなんだね(笑)





でももう決めたことを振り返らない。




やってみなければ分からない。



やってみなければ結局後悔するから。




あとは
有言実行するのみです。





神さま、あんまり試さないで!