このブログを書くときは




偉そうなことも書いてるし



彼のことを綴ったり



こんなことが嬉しかった❤って




自慢げに書いてみたり




やりたい放題。




読み返すと別の人格が書いてんのかと




たまに自分で驚くのですが(笑)




素の私ってこんなんなんだなと。





大したことない私だなぁ(笑)って




笑ったり




おお、こんなこと思ってたのかとか




揺れまくる自分をまるで他人が読むよう。





とても俯瞰して見れます。




素の私は



大したことなくて



自信もないけど





そんな私でも良いんだよね。と


最近思えるようになったのは




こうして書くことによって



自分自身を見れるようになってきたから。





そして



みなさんから相談コメント貰って




なるほど



人は自分の問題は見えないけど



他人の問題ならよく見えるんだなと




相談に答えながら



自分自身に答えていくような感覚になって




こちらこそヒントを頂いた。




私はメジロ君が好きです。




パートナーよりもとかそんなの

比べられないけど




一緒にいることが楽しいのは



今はメジロ君です。



だからといって




パートナーを嫌いじゃないし




身内のような友人のような


私の人生の一部なので



失うことは考えてない。





ただメジロ君とは



一緒にいると私の気持ちが上がるのです。




それはこの距離感だからこそだと




私は思います。





全てを手に入れなくて良い。





人生の一部を共有することがあれば。






最近亡くなった樹木希林さん。





私は彼女が好きでした。




内田祐也と




別居婚を





40年続けていた。





世間の常識とか




他人と比較を一切しないで





自分流を貫き




自分の常識で生きていた。





そして結局天に召されれば




それもただの出来事で終わる。



美談にさえ変わる。





世間の評価なんてそんなものです(笑)






希林さんは




好きな人とずっと一緒にいることよりも





彼と距離感を持って愛情を継続していた。






あの距離感だったから




いつまでも相手を恋する人として


素敵だなと思っていたんだなと。





ずっと一緒にいることで

そう思える人ももちろんいる。





その人それぞれの




自分が一番楽しめて幸せになる方法が


あるわけで




希林さんは



距離感を置くことで

幸せを感じられる人だったので


そうしたまで。



自分の常識で幸せになることを



知っていて




とても素敵だなと思った。




そして結局




自分に嘘がないから

愛されてましたよね。




フレディ・マーキュリーとともに




希林さんも私のロールモデルです。



すごい組合せだけど(笑)





この世間でうたわれている常識を



横に抱えながらも



楽しく生きられることを



彼らから教わりました。



世の中に対して




全てに反発しなくて良い。

全てに迎合しなくて良い。




どっちでも良いんだよね。

その時に自分が心地よい方を常に選ぶ。




他人の幸せは



私とは違うのも当たり前だし。




自分からわざわざ苦しまないことが


大切なことかなとも思ったりね。





希林さんのように




すぐに達観はムリでも



誰でも初めは初心者🔰





少しずつ心の習慣を変えていく。




何年か後には





きっと習慣づいていると思う…多分(笑)