フレディ・マーキュリーさま。  

この人への興味は尽きない♥  
メアリーというガールフレンドもいたし、
初恋は女の子だったらしいので、
両性愛者と言われてもいるみたいだけど、  
同性愛の方が 強かったんではないかな。  

ま、フレディ自身、
多くを語らなかったので
結局は完全な憶測だけどね。  

実際、 そんなことはどっちでも良い。  
彼は人間が好きだったのかも。
男とか女とかそんな区別さえなく。  
きっと、天才とはそういう者なんだ。  

彼は私の中ではイケメンで、
実に男らしい顔立ちだし、
身体も細マッチョでカッコいい。  

あの素晴しい独特な発声の歌声も、
個性的な力強く叩きつけるような
ピアノの弾き方も、
言葉遊びのように作る詩や歌も、  
ちょっと気取った英語の発音も  
全てが大好き💕    

そして、あそこもデカそう(笑)  
同性愛者の人は
普通よりも性欲が旺盛と
何かの本で読んだけど、
(多分、地図の読めない女~かな。)  
フレディもそうだったようで。
一晩中でもヤレたとか、なんとか。  

でも彼は同性愛という自分の立場を、  
内心はどこか不安で、
罰が下ることを恐れていたような。  

それ故に
自分の価値を
愛されていることを
確かめるかのように、
愛を貪るかのように、

フリーセックスに
興じていたのかも知れない。

we are the champions の歌詞からも
少~し、感じ取れる気が。  

そんな繊細な彼ならではの苦悩が、
また多くの人を惹き付けるのだろう。  

誤解を恐れずに言うならば、  
彼は常に同性愛ということに
何処か罪悪を感じていたと思う。  
罪悪なんて感じる必要もないのに。

そしてそんなこと、
彼も分かっていたとは思うのに。  

敬虔なゾロアスター教の両親への罪悪。  
その罪悪が、
やがてエイズで死去するという戒めを、
自ら引き寄せてしまったのではなかろうかと。

フレディは、
自分軸の強い人間だったと思うけれど、  
そういう弱さも
隠し持っていたんじゃないかしら。  

もし彼が罪悪など
全く感じずに生きていたとしたら、  
もしかしたら、
エイズを引き寄せることもなかったし
数々の名曲も生まれなかったかも知れない。


それほど、
罪悪感や、
人の恐れ、
不安に思う心は、
侮れないほど《強い》と思うのだ。  

反対に、
幸せを常に感じていたら
幸せを引き寄せていったのかも知れない。  
しかしあの名曲は生まれなかったかもね。


人の思いの強さってバカに出来ない。
私はそう信じている。  

フレディが罪悪を感じて生きていたか、
私には知るよしもないけれど、  
晩年は、
その罰を甘んじて受けていたように
思えてならないのは、私だけだろうか?  

何はともあれ、
彼に今も生きていて欲しかったな。  
あと100年待たないと、
あんな逸材には出会えないから。