女45歳、常識外れの恋愛事情

一度きりの人生、自分の価値観で幸せになっても良いと思うアラフィフの恋愛と日常

カテゴリ: 日々



映画
ボヘミアン・ラプソディ




すごい大ヒットなんですね!!




連日のようにテレビで特集が組まれている。




クイーン、

フレディ・マーキュリーのスゴさが

これでもか!と特集されていく。








でもマスコミさ




なんかちょっと盛ってない?



フレディ・マーキュリーのこと


間違って伝えてない?




今まで知らなかったから

ググってそれをさも真実として


放送してない?




って思うことが何度かあった。




いや、




私もフレディ・マーキュリーと




会ったことはないので



私が信じてることも実際は違うかもしれないから




何をもって真実かなんてもちろん言えないのは


私も同じ。




それでもさ




なんかこう違和感があるなあ。




エイズのことを知って覚悟を決めて


それを乗り越えてライブエイドに望んだと




マスコミはフレディを




さも悲劇の主人公みたいにして




美談のように仕立てあげて



そこだけを盛り上げてるけど




これに往年のフアンは違和感があるのでは


なかろうかね?



わたしだけかな?!




確かにメンバー(ロジャーとブライアン)監修で




ライブエイドの前にエイズを告白したのかも



知れないけれど




フレディはエイズでなくても




いつでも人生を謳歌していたろうし





エイズの葛藤や辛さもあって当たり前だけど





悲劇の主人公になりたいとは



思ってなかったと感じる。





まして美談のように捉えてなかったと思う。





淡々と粛粛とエイズを受け入れて




残りの人生を歌で満たそうとしていただけ。





それをマスコミが



天才の悲劇の美談みたいに




安っぽい感じに特集してるのが



イヤだわぁ。



フレディのこと曲も知らずに




そこだけをマスコミで知って


勘違いしてる芸能人や

お笑い芸人


ブームだけのにわかフアンが増えて





要するに愛するフレディを汚すな!




と偉そうに言いたい(笑)





私はこんなにフレディを知ってるのよ!って



承認欲の激しいアホどもと私も変わらないね(笑)





本当のフレディはどうだったのか?




それは本人以外知るよしもないことで





既にこの世にいない

実在した天才を映画にする難しさは


ここにあると思う。





これは単なる映画だ!


そう割り切って楽しく観るのが

妥当なのに




これをさも真実のように放送するマスコミ。





恐ろしいね。




この映画だけでなく


ニュースやワイドショーも



切り取って



ぜーんぶ作り手の

主観の押し付けに過ぎないのに




あたかも真実のように放送する怖さ。



それを頭から真実と疑わない大衆の愚かさ。





こんな怖いことですよ!



こんなひどいことですよ!



とか




こうしないとこうなりますよ!とか






延々と繰り返し放送され


もはや洗脳だよね(笑)





だから私は極力ニュースやワイドショーは



見ない。





見たとしても安易に信じない。




人の価値観や主観をあっさり


自分のことのように受けとる怖さを感じるから。





どんなニュースが流れていても





自分の心眼を持って見たいなと思う。





てなわけで



ボヘミアン・ラプソディは



単なる映画として楽しむのが一番よ❤




良い映画だと思うからこそね。





フレディ・マーキュリーの素晴しさには




変わりはないのでね。















今日はフレディの命日ですね。




ボヘミアン・ラプソディも大ヒット。



いつの時代も大衆は彼を欲する。



今でこそ彼の生き方は



多くの人に受け入れられるようになったけど



彼が生きた時代は



風当たりは強かったと思う。



時代が彼にやっと追い付いたんだね。




ボヘミアン・ラプソディという曲は
(bohemian rapsody)




真理を知った者が

書くような深い詞だけど




フレディ本人は



『韻やリズムを考えて作っただけ。


意味はないよ。』と言っていたそうですが




確かに彼は歌い手として



歌い易いリズムや韻に拘り

大切にしていた。




one visionのメイキングでも


それは観てとれるよね。





天から降ってくるように曲を書くから




意味というものを考える間もなく




サラサラと降ってくるので




本人としたら



だっていつの間にか書いてたんだもん。


そんな感じなのかもしれない。




練って練って書くようなことはしてなくて




思いつきでペンが走る感覚。



そんなの凡人には分からないので



なにか深い意味があるんだろうと


思ってしまうけど



天才からしたら




え、勝手に降ってきたから



書き留めたんだよ。



そんな感じなのかもしれない。





フレディは深読みされることが嫌いで



自分の事も根掘り葉掘りされるのも



苦手だったんじゃないかなとおもうので




深い意味があったとしても


そんな風に答えたんじゃないかなと



勝手にまた思ってます。



解釈はリスナーに任せるよってね。




かっこいいなぁ❤




メジロ君に以前



クイーンが好きって話したら



じゃあCD貸してみてって言われたので



買ってプレゼントしたことがあったのね。



ライブCDとベスト盤みたいなの2枚。


そしたら



車で聴いてくれてるらしくて



歌を覚えてくれて。





クイーンを知らない人でも




耳に残るキャッチーな曲だから



すんなり受け入れられる。





天才っていつの時代も



自分を理解してもらえないのに



創作して発信したものは



大衆に受け入れられるって



なんか不思議だなと思ったわ。





ボヘミアン・ラプソディの


あの美しい旋律は




人々を魅了し続けている。





誰にも真似できない曲。




今夜もクイーンのライブを観よう。





フレディのパワーが画面から溢れてきて




見終わると


こちらまでグッタリするけどね(笑)






それだけエネルギーを放出して



まるで輝いた命をみんなに配るかのように




彼も本気でライブをしていたんだ。




だから魅了されるんだよね。




大衆は本気で生きてる人に惹かれる。




いつか彼の住んでいたガーデンロッジ



公開してほしいなぁ。


彼の息吹を感じてみたい。



















パートナーと観てきました。



ボヘミアン・ラプソディは




クイーンの映画であるけれど


主にフレディ・マーキュリーの

恋の映画と言っても


きっと過言ではない。





感想はね…



んー…





私なりの解釈だから



これが正しいとかじゃないからね?



みんなそれぞれの

主観を持って観てるから



どれが間違いとか



正しいとかないから



好きに観て良いと思うのだよ。




私にはね

ちょっと違和感がありました。




もちろん感動もしたし



ホロッと泣けたし



歌も最高!



フレディ・マーキュリー役の俳優さんも

覚悟をもってこの役を演じていたのが


伝わってきて


全体的にとても良かったです。



カリスマを演じる難しさも

批判も覚悟の上だったんじゃないかな。



企画から8年だっけ?


企画があったけど



監督が下りたり



俳優がいなかったりで


実現化しなかったんだよね。




そういった意味でも

何度も観たくなる映画です。




それでも



フレディ・マーキュリーを

描いていたかと聞かれたら…



んー???




私にはなんか

ちょっと違和感を感じてしまいました。




私の勝手な思いですが




フレディは



なんというのかな



もっと人生を軽やかに



自分の可能性を強く信じて


淡々と運命を受け入れて

生きていた気がする。




雑草のようにね。




もちろん苦悩も悩みもあるのは

当たり前で



その度に荒れたり


すさんだり


寂しさを紛らすためにパーティを

繰り返したり


それはフレディもそうだったと思うの。



人間の本質はそう変わらない。



多面性があってこそ人間だもん。




でも




バンドを家族と思っていたりしたかな?



俺なんて一人だしって思っていたかな?



そういった



『俺なんて』みたいな発想すら




フレディにはなかったように思うんだよね。





あまり物事を突き詰めて深く考えずに



そのとき、そのときの欲や



感性で生きていたような気がするの。




そしてもっとバンドに対して



一線を引いていて



塩対応もしていたし




時にはなついてみたり




時には飽きてみたり




それこそ気紛れな猫みたいな人

だったんじゃないかなと思うので



もっと本能的な


動物に近い強さがあったように思う。





だから


映画のフレディ・マーキュリーのように



なんというのかな


深刻なハートの持ち主では


なかったように思います。




天才は




自分のエネルギーが凄すぎて




遠心力のように周りを跳ねとばすようにしか



生きられない。




周りがなかなか近寄れないんだよね。




だから孤独を感じやすいけど




本人はその自覚があまりなかったと思う。




それが描き切れてなかったように思った。




ステージの上での

あのあり余るようなバワーや




生命そのもののような輝きを放つ

オーラは



やっぱりフレディ・マーキュリーにしか


出せないんだなぁと


当たり前のことを

素直に感じてしまいました。




メンバーとの確執もなんか違和感。



ブライアンの人柄が良すぎたし


もっと彼は

なんかこう腹黒さを秘めた善人の

匂いがするけど(笑)


それを出してなかったし



ロジャーは

フレディと衝突だけしてるように


描かれていたけど



実際は元々ルームメイトだったし


腹の底では一番ウマがあっていたと思うのに


そこが丁寧に描かれてなかったなぁ。




ジョンも

フレディを尊敬しているという雰囲気が


あまり出てなかったし。





ソロになるときも




フレディはお金よりも




ただ単にバンドに


飽きたんだと思うんだよね。





気紛れな天才だから




ソロでやったり




モンセラさんとオペラの共演をしたり




そういったことを

単純にやりたくなったんだとおもう。




天才は枠に囚われないので



なんでも受け入れて自分のものにするので

音楽の方向性が変わる。



人それぞれ脳が別個なんだから



そりゃ方向性で対立もするよね。




それがまぁゲイの恋人に利用されたから



生活も荒んでメンバーにも愛想つかされてと


描かれていたけれど




フレディは利用されてるのは知りながら



単純にそのときは楽しめたから

一緒にいただけで


深く考えてなかったんだと思うんだよね。




それがものすごく深刻に描かれていたので



個人的にはちょっと違和感あったな。

映画だからデフォルメは仕方ないけどね。




当のフレディは本も書いてないし



何も残していないので



本当は何を思い


何を考えていたのかは誰にも分からない。




周りの主観を集めて


リサーチして


彼はこうだったのかなと想像で

映画にしたわけだからね。




人は自分の見たいように人を見るから



自分の感性や価値観でその人を判断するので



本当のフレディ・マーキュリーは


誰にも分からないはず。




私も自分の主観で

フレディを判断してるしね。




全てを真実として

観ないほうが良いなとは思った。



ま、映画だからね。





それでも





フレディの天才ぶりは丁寧に描かれていたよ。




ボヘミアン・ラプソディを




彼が思い付いたとき




空から降ってくるかのように



サラサラと広告の裏紙に書き留めて



音にしていくんだけど



既にフレディの頭のなかには



オーケストラのように


全ての音が配置されていて



それを掘り出していくような作業をしていく。





まるでただの木から

仏像を掘り出す仏師のように




自分の描いてる音が掘り出されて

完成するまで




バンドのメンバーに何度も何度も




納得いくまで同じことをやらせたり



テイクを何重にも重ねたり



なんでこんなことするの?と


凡人には理解出来ないことが



天才には当たり前のことだから


なかなか分かり合えない。




それでもメンバーは根気よく



フレディの中にあるものを

協力をして掘り出していく様子が




丁寧に描かれていたように思えた。




one visionのときのメイキングを

彷彿とさせたな。





それと



女性を愛しているはずの自分が


ゲイなんだと自覚していくところも



戸惑いがありながらも



淡々と受け入れていく様子は



リアルっぽく思えた。



エイズも淡々と受け入れていくように

描かれていたので




苦悩も悩みもするけれど



覚悟を決めたら振り返らない

フレディの強さが




そこはよく表されていたと思う。




音の迫力や



フレディの声を良い音で聴けたし


ライブの臨場感も伝わってきて


クイーンの歴史として娯楽としては


たっぷりと楽しめました。






たぶん実際のフレディ・マーキュリーは




映画で描かれてるよりももっと




本能的で自分を信じていて



ピュアなハートの持ち主で


でも気遣いも出来る人の印象なのよね。



人にプレゼントあげるの好きだったし。





ワガママでゲスなところもあるけれど



決して傍若無人ではない。



ピュアな人って

自分を押し殺して我慢してる人のことではない。



自分を大切にしていて

ちゃんと不満が言える勇気のある人のことを

ピュアな人と言うのだ。



要は我慢してないので腹黒くない。



良い人ぶっていないってこと。






フレディはちゃんと



悪いけど~とか


ごめんね、ここはね~とか




リハーサルやレコーディングなどでも



ワガママを言う前に

クッション言葉を入れてるし





ライブのトークでも



人を気遣うような語彙をいれて話す。



ロッカーでは珍しく丁寧な話し方だと思う。




遅刻や暴言にも

彼なりの理由や美学がある。




心が良くも悪くも

子供みたいな人なんだと思うわ。



嫌なものはイヤ



良いものは良い


やりたい


やりたくない



本人はとてもシンプル。



周りがややこしくしてるだけなんだよね。







まぁ私の勝手な主観ですよ?(笑)





ともあれ




今日は映画のあとは




クイーンのライブが観たくなって



モントリオールと


ライブエイドと


ウエンブリーを




立て続けに観まくった。


フレディ・マーキュリー祭りでした。





彼の生き方は私の理想。




これからもフレディを愛していきます❤



あ、



映画で気に入った言葉は




『金で幸せは買えないが与えることはできる』



これ、なんかいいね👍
























恋愛ブログなのですが



ここ最近の何ヵ月かは




日によっては違いますが


フレディ・マーキュリーの脚がの

記事に


大体

アクセスが一番あります(笑)




私の記事も充分にアクセスはありますが


大体、二番手(;・∀・)






でもね




さすが世界のフレディ・マーキュリー。



フレさんに負けるなら本望(笑)


複雑ながらも嬉しく思ってます。




ずーーっと書いてなかったフレさんの話。





いよいよ今月映画が公開されましたね。



それと供にアクセスも増えたのかなと。




絶対観にいきますよ✨



パートナーもフレさんのファンのなので

一緒にね。




私は前評判とか前宣伝とか




ストーリーのあらすじとか




フレディ・マーキュリーを演じてるのは



どんな役者なのかとか




全く調べません。




あまり深く掘り下げない。




先入観を持ちたくないので。



エジプト系の男優さんで



ナイトミュージアムの

王子様役だったなくらい。




ベン・スティラーも好きなので


ナイトミュージアムは観てたから

それで知った程度。



とにかくフレさんがどんな風に蘇っていて




どこまでフレさんの素顔に迫れてるか






それを楽しみにしてる。





彼の歌声を大スクリーンで




あの魅力あふれる歌声が



迫力のサラウンドで聞ける環境では

聞いたことがないので




自分がどれ程の衝撃を受けるかも楽しみ。





曲はほぼ毎日聴いてるけど



飽きないんだよねぇ。




昨日はフィギュアスケートの



エキシビションのフィナーレに



don't stop me nowが使われていて




何十年経っても古さを感じない



どの時代にもマッチしてしまうのは



やっぱり天才だなぁと思う。



もはやクラシックと同じね。




映画観たら私なりの感想をアップしたいです。




フレさんのファンのかた



それぞれにお楽しみ下さいね✨





































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